[資料] 日本帝国崩壊と韓国の神社---1945年8月

1998年7月7日up


  日本帝国崩壊直後、韓国人は35年間の植民地時代の恨みをどこに向けてぶつけたか。恨みの四大標的は(1)警察官署、(2)神祠・奉安殿、(3)朝鮮人警察官、(4)朝鮮人官吏だった。
 総督府は神宮の処理に懸命。武装解除、政務委譲は中央の指示待ち・・・。

朝鮮資料第三号:旧朝鮮総督府官房総務課長山名酒喜男手記『朝鮮総督府終政の記録(1)』財団法人友邦協会昭和31年発行より、三、五の2章を抜粋

三、八月十六日以降八月二十五日までの不祥事件

自八月十六日至八月二十五日鮮内事故発生件数調


(注)事案名は略記してあります。正式には順に以下のようになっています。

・警察官署に対する襲撃、占拠、接取、要求等
・銃器、弾薬掠奪
・内地人警察官に対する暴行・脅迫・略奪等
・朝鮮人警察官に対する同右
・郡、面その他一般行政官庁に対する襲撃・占拠・破壊
・朝鮮人官公吏に対する暴行、脅迫、略奪
・神祠、奉安殿に対するほうか、破壊
・内地人に対する暴行、掠奪、脅迫その他
・朝鮮人に対する同右
・その他


(お詫び)数字がきちんと並んいないのが残念なのですがとりあえずこのままで・・・・
(事案別)    16日      17日     18日      19日      20日      21日      22日      23日      24日     25日      計
警察官署襲撃等      12      38       39      17      34       4       3       2       -       -      149
銃器、弾薬略奪       1      12      12      12       3       1       -       -       -       -       41
内地人警察官への暴行等       3      19      16      13       9       -       6       -       -       -       66
朝鮮人警察官への暴行等       4      21      26      32      24       2       1       1       -       -      111
地方行政官庁への襲撃等       4      26      23      12      10       6       4       1       -       -       86
朝鮮人官吏への暴行等       3      28      44       7      12      13       2       -       -       -      109
神祠奉安殿放火等      21      25           27      14      45       3       1       -       -       -      136
内地人に対する暴行等      11       8    21      10      11       7      12       -       -       -       80
朝鮮人に対する暴行等      -      -      50       2       1       4       2       1       -       -       60
その他       5            12      20      16      16       2       2       2       -       1       76
     計      64     189     278     135     165      42      33       7       0       1      914


五、連合軍進駐及び之に伴う諸件

  全鮮各官公署及び学校に奉戴しありたる御写真中、北鮮地帯の御写真はソ連侵寇直前、道庁に奉遷したるが、八月十七日頃、全鮮の御写真は、宮内省の意向を訊し奉焼と決定、手配せるが、事故なく完了せるものと想察す。

  国幣社以下神社の御神霊の措置に就いても、之に準じ、昇神の儀を執行し、霊代は適当の措置を為すべきこと、及び、現有財産は、国、道、府、邑、面等の関係団体に引き継ぐ事の旨を指令せるが、神社御本殿に就いては、米軍政庁に於いても、後日、奉焼の事に指令を発したり。

  朝鮮神宮に就いては、八月十六日、昇神の儀を行い、御霊代及び御神宝は、八月末日迄に、夫々、宮内省に奉還し、財産は凡て、之を軍政庁に引継ぎたるが、神宮御本殿は軍政庁の許可を得て、十月八日完全に解体奉焼せるも、之に要したる経費一万円に就いては、神宮経費よりの支出は認められず、一般日本人の寄進金を以つて支弁せり。 

  八月二十二日、内務次官より、朝鮮に於ける軍の武装解除担当区域は北緯三十八度以北はソ連軍、以南は米軍と為る見込みとの予告電報を受領せるが、当日、朝鮮総督より、内務大臣及び、陸軍大臣へ左記の電報を発せられたり。

内務大臣へ

「戦闘停止後、当方面軍が如何なる方式、手続きを以って、武装解除等を実行せらるるやに就き、何等、その筋より指示無きものの如し。又、今後、如何なる形式手続きを以って、列国軍進駐後、総督府の担当せる政務を他に委譲すべきかに就き、中央より明確なる指示あるべきものと信ず。右に関し、中央の心組、及び当方の心得に付、御指示ありたし。」


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