| 2002年 4月 21日 日曜日 | |||||||||||||||||||||||||
小手先細工がもたらすもの |
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小泉純一郎首相が4月21日朝、ゲリラ的に靖国神社に参拝した。「産経新聞」紙は「戦前、戦後を通じ、首相による靖国参拝は春秋の例大祭時が通常で、今回の参拝は、終戦の日の8月15日とのかかわりで政治問題化してきた靖国参拝を本来の姿に戻した形だ」「大東亜戦争終戦の日である8月15日には、特別の行事は実施していない」(終戦記念日は靖国神社としてはもともと重要な日時ではなかった、といいたいのであろう)」などと報じ、今回の首相参拝を<戦前・戦後の連続性>の復活として歓迎した。 春・秋の例大祭では、天皇が靖国神社に勅使を派遣する。靖国神社の<奉祝行事案内>によれば春季例大祭初日の4月22日午前10時半に<勅使参向>とある。今回の首相参拝によって、4月21日には首相参拝、22日には勅使参向(実質としては天皇参拝)と揃い踏みすることになるわけだ。 小泉首相は「熟慮の上本日を選んで参拝」と説明しているが、この人がもっとも得意とする熟慮の対象は「戦略」でも「戦術」でもない。それは昨年の靖国神社参拝で知れたように、ことの本質には触れない、「朝三暮四」的な政治日程の設定である。ここにこの人の独特の矮小性があるような気がする。しかし、それが「サル知恵(おサルさん、ごめんなさい)」による小手先細工であるだけに、ことはかえって「面倒」になる。 8月15日の靖国神社参拝は、8月15日に終わった戦争、つまり「満州事変」以来の一連の戦争での戦没者の霊魂を慰霊する。その際、朝鮮、台湾の植民地支配は当然の前提として扱われる。だから、下表(松山大学の田村譲先生のwebからのパクリです すみません)のように戦没者として、21,181人の朝鮮人・27,863人の中国(台湾)人がむりやり靖国神社に祭られることになる。 しかし、4月21日の例大祭にあわせての参拝は、小泉首相の「所感」どおり「明治維新以来のわが国の歴史において、心ならずも、家族を残し、国のために、命をささげられた方々全体に対して、衷心から追悼を行うこと」のであるから、朝鮮や台湾を植民地化すための戦争であった日清・日露両戦争での戦没者を称揚することになる。それは朝鮮・台湾の植民地化自体を賞賛することになるであろう。こうして、中国や韓国(DRK)・朝鮮(DPRK)の国民にとって、これまでにましていよいよ容認できない事態となってしまった。
下図は、松山大学田村譲先生のwebサイトからのパクリです すみません
(2001年8月12日付『東京新聞』−「サンデー版」)
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