2002年 6月 12日 水曜日

年金生活者


 忘暮楼も来年から年金生活者である。これまでは現役の私学共済組合員として年金生活者である先輩たちの生活を支えてきたが、こんどは後輩たちに支えてもらう立場である。将来の生活に不安材料の多い若手の教員たちに自分の生活を支えてもらうのはどこか残酷な感じがあるが、これも順送りということであろうか。順送りにはつねに残酷さが付きまとう.

 大学卒業後の2年間、母が世間のことを知らない私に代わって国民年金の保険料を払ってくれていた(既報)。そのことを証明する書類が到着した。そこで昨日は年金受給申請手続きをとった。職場の事務局員の手ほどきを受けながらなんとか申請書類を完成した。その途中のことである

 年金の受け取りを郵便局にすることにした。風来坊の忘暮楼のこと、こんごどこで暮らすことになるか未知数のところがあるので、どんな村にでもある郵便局がよかろうと思ったのだ(郵政「民営化」するとどうなるのかな…)。申請書類には、郵便局で受け取る場合は郵便局で郵便貯金口座があることの証明印をもらえ、とある。そこで職場の近所の郵便局へ行った。

 そのときのできごとである。若い女性局員に書類を見せて、ここに証明のハンコを押して欲しい、と伝えると、その女性局員が、本当にびっくりしたような声で「ええっ、年金を受けられるんですかア!」と叫んだのである。「叫んだ」というのも変だが、そんな雰囲気だった。「ええ、そうですよ。この4月に60になりましたから、来年は定年ですよ」と答えると、「ええーっ、見えませんねえ。お若いのに…。ホントですか。一瞬目を疑いましたよ」と隣の同僚と一緒にわあわあ言っている。

 これまでも「若いなあ」とか「60にはみえんよ」とか、何度か言われたことがある。内心嬉しがりながらも「いやあ、あほですから…」などと応対していたのだが、ここまで大事件のように扱ってもらうとちょっと挨拶のしようがなかった。

 うれしいというより、「未到達感」?「燃焼不足感」?「未熟感」?、なんというか大事なものを手に入れていないような寂しさを感じたのだった。年相応の風貌というものを獲得していないのである。 

 そんなことを友人の同僚に話すと友人はこともなげに解説してくれた。「そらそーよ。ボクなんかあっちの壁に頭をぶつけ、こっちの壁に頭をぶつけしながら、結婚も2回もして生きてきたのに、あんたは、酒飲みたければ酒を飲み、三味線弾きたければ三味線引き、一人におりたければ奥さんをソウルに留学させ、気ままに生きてきたんやから、年取らんのもあたりまえや」そうだ。このことば日記に書いとけとのことなので一筆したためたのである。