2002年 6月 22日 日曜日

都市の人口維持と蟻地獄効果


  江戸時代から日露戦争のころまで「死亡率の高い都市に農村から流入した人々が数多く死んでいく状況」があったという。これを日本の学者は「蟻地獄効果」とよんだ。農村の人口が都市というアリ地獄に引きずり込まれて死んでいくと見立てたのである。

 当時の都市の高い死亡率の原因は二つあった。

  • 出生率が低いこと

    そのまた原因
    ○都市で働く出稼ぎは奉公人の若者たちが未婚であること。○結婚しても男も女も晩婚だったこと。典型的な例は大阪の番頭クラス→大店のなかで昇進して自立するまでに長い時間がかかった。(生活基盤の不安定や所得の低さが背景か)○結婚している夫婦の間でも出生率は低かった。○新興都市江戸がもともと男性都市であった。1721年町方で女性100男性178。1832年女性100男性120。慶応3(1832)にやっと均衡化、女性100男性102.

  • 死亡率が高いこと

    そのまた原因
    ○高い人口密度による生活環境の悪さ

 こうした原因があって「一般に死亡率が出生率を上回る傾向があったために、都市自体の人口再生産力はマイナスとなり、農村から不断の人口流入がなければ人口を維持することができなかった」というのである。(以上「文明としての江戸システム」講談社)

 話は変わるが、忘暮楼の在職する新田高校の来年度卒業予定者の進路希望調査(6/18現在)の結果が出た。それによると、卒業予定者600名のうち進学希望者が447人、就職希望者が138人、13人が未定となっている。

 就職希望者138人のうち県外就職の希望者は16名で、95名が県内希望である。この傾向はずいぶん前から続いている。

 私の好みでは、若いうちは都会とか故郷はなれたところで新しい体験をしてみるほうが面白いと思うんだけど、生徒たちのほとんどは親元に近いところに就職したがる。松山なんて若い者が住む町じゃないよ、この町からはエライ人はでないだろ、などと挑発してみても、やっぱり親元がいいのだそうだ。

 こういう傾向を苦々しく思っていたのだが、考えようによると、都市の側に、新たな人口流入を必要としない理由が生まれているということなのかもしれない。