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2002年7月23日 火曜日

レポート:朝貢ナンバーワンの琉球王国


 『周縁から見た中世日本』(講談社「日本の歴史14」)に下表があった。琉球王国の対中国朝貢回数は、他の王国に比して断トツある。この数字にはデージ(すごく)シカンダサーヤー(びっくりしたよー)。

 琉球王国はこの朝貢貿易を利用して、どの国も欲しがっている中国の商品を朝貢船の船蔵一杯に積み込み、日本やアジア諸国の港で売りさばき、空っぽになった船蔵に、今度はそれぞれの地の特産物を積み込み、それらを中国へ持ち込むわけである。琉球王国の軍備を後ろ盾としない活発な貿易活動はこのように進められたのだ。

 『日本大百科全書』(小学館)を参考にしてまとめると、琉球王国の発展の条件となった明の朝貢貿易制度というのは次のようなものだったらしい。

  1. 朝貢貿易制度は明(みん、1368〜1644)を中心に行った中国の対外政策。

  2. 中国は先進国であったので、周囲の外国は中国商品を入手を切望していた。

  3. 中国は、必要なものはすべて帝国内にあると考え貿易の必要を認めなかった。そこで貿易はあくまでも他国への恩恵であった。
  4. 元代は対外貿易のもっとも自由な時代であったが、明が元にかわると、外国貿易に統制を加えた。

  5. 中国と貿易しようとする外国の君主は、明の主権を認めて属国となり、使者を派遣して朝貢を行わなければならない、とした。
    ※朝貢というのは外国人が中国皇帝にみつぎ物を奉ること。

  6. この朝貢の際に随伴した人員が中国で貿易を行うことを許されるが、朝貢の度数、随伴の船や人員の数は厳しく制限される。
    ※朝貢度数を貢期という。日本の貢期は十年に一度、琉球王国のそれは二年に一度だった。

  7. 中国人民はけっして外国に渡ってはならない。また、政府の統制を破って外国人とかってに貿易活動を進めてはならない。
    ※ここに琉球王国がアジア貿易ネットワークを構築する条件があった。

  8. 明代の倭寇(わこう)はこのような統制に反抗して起こったものである。

「明史」に見るアジア諸国の朝貢回数
順位国名・地域名回数
1琉球(貢期は二年に一回)171
2ベトナム(貢期は三年に一回)89
3チベット78
4ハミ76
5チャンバ74
6シャム(タイ)73
7トルファン41
8ジャワ(貢期は三年に一回)37
9サマルカンド36
10朝鮮30
11オイラート23
12マラッカ23
13日本(貢期は十年に一回)19
14スマトラ16
15カンボジア14
16ブルネイ8
17バレンバン6
※「貢期」は、明によって定められた明皇帝への朝貢使節派遣回数。



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