2002年 7月 25日 木曜日

やっぱり朝鮮(DPRK)に原因があったか


 今日になって朝鮮(DPRK)が黄海銃撃戦について「遺憾」の意を表したという。「南北関係の進展を望まない米国が南北関係に楔を打ち込むために作り出した」(朝鮮中央通信)などと米韓を非難していただけに、いつものことだが朝鮮の変わり身の早さには感心する。黄海での南北銃撃戦については「経過」をまとめておいた。

 この「経過」を作りながら思ったのは、事件後、一方の米・韓にはさまざまな政策変更があったのに、他方の朝鮮(DPRK)の外交・内政にほとんど変化がなかった、ということだった。真相はいつものとおり闇の中だが、朝鮮政府が米韓にある種の政策変更をさせるために起こした事件であった、ということだろうか。その政策変更が、朝鮮にとって真の利益になったかどうか。「遺憾」への転換を見ると、案外裏目に出たのかもしれない。

 明日から久しぶりの韓国旅行である。ソウルから春川(チュンチョン)、束草(ソクチョ)と朝鮮半島を横断する。