2000年4月撮影
「愛媛県西条市に楢本神社という小さな神社がある。この神社では毎年10月25日に、神風特攻隊の『
第一号』敷島隊の五軍神を放散する慰霊祭が盛大に行われる。『盛大』というのは、何しろ、当日は自
衛隊の各航空隊による慰霊飛行、護衛艦隊の西条入港、呉音楽隊の派遣と全く靖国の公式参拝の
是非を越えているのである。一体、何故、この小さな神社でかくも盛大に慰霊祭が行われるのである
か。ことの発端は…」
( 川島高峰氏の論文『戦後の終焉と冷戦後責任 --歴史認識とアイデンティティー』 →クリックより)
愛媛県西条市は「水の都」。農家はいまでも飲料水や家庭用水として、自噴井の水を利用しているところが多い。した
がって上水道のの普及は低い。その「水の都」の中心部を流れる川が西日本の最高峰・石鎚山に源流を持つ加茂川で
ある。(写真:右側が上流で、桜の名所・武丈公園・八堂山がすぐ近い。土手沿いの1500本、 約150 メ ートルにわたる
桜が見事だ。写真の向こう岸の森に楢本神社がある。)
楢本神社前景である。中央の石碑が関行男慰霊碑。右、拝殿前の砲弾は、大きい方が戦艦大和の主砲の砲弾。
これが特攻慰霊碑になっている。小さいほうの砲弾は戦艦三笠のもの。
関行男慰霊之碑
海上自衛隊呉地方総監部が寄進した玉垣。政教分離の原則から言って、自衛隊のこんな寄付行為は許されるのだろうか。
関行男慰霊碑の背面。源田実氏による碑文が刻まれている(川島高峰論文参照)。
楢本神社境内には「神風特攻記念館」がある。
関行男之慰霊碑前の碑文。「大東亜戦争末期、的の大機動部隊のレイテ湾進攻を阻止し
大和民族の純潔を守らんとして神風特攻第一号敷島隊は、一機一艦轟沈を目差して世界
最初の公式の人間爆弾となり国家悠久の大義に殉ず 」とある。
楢本神社の案内板(右)
楢本神社の案内板(中央)
楢本神社の案内板(左)
楢本神社正面碑石