経済学者という人たちも面白いことを考えますね。孫引きで失礼しますけど、ライベンスタインという経済学者は、夫婦が新たに子どもを作ろうとするときは必ず計算をしている、と考えました。
すなわち、「生まれてくる子どもから得られる効用」と、「その子どもを育てるのに必要な費用」を比べて、費用以上の効用を得られると判断したときに子どもを産む決心をする、というんですね(『少子化時代の日本経済』大淵寛著 NHKブックス 「 」はこれより引用)。
これは裏返すと『子を捨てる藪はあれども身を捨てる藪はなし』ってわけで、人間は本来、自分本意にしか生きられない、といっているようにもうかがえますね。
そこで、その子どもの効用というものはどんなものかというと、次の三つだそうです。
じゃ、どうすれば良いのか。
さまざまな主張が同等な立場でぶつかる争点と、ただ一つの「解決策の存在」が前提される問題点とを混同してはいけない、とは『もう一つのビクトリア時代』(S・マーカス 中公文庫)の一節。これは「争点」なのか「問題点」なのか・・・。
夜のWalkingの途中蛍を楽しんだ。近所の小野川沿いに歩いていると川の中の草むらに結構蛍が出ている。12匹を数える程度だったのだが、それでもずいぶん楽しめた。月明かりの中だけど遠くのほうの蛍もはっきり見える。
今日は旧暦の四月十六日、十六夜月である、・・・と思ったら、なんと壁のカレンダーには「旧16 満月」と書いてあるぞ。あわてて愛媛新聞のお天気欄をみると、明日は旧暦四月十七日、月齢15.6とあるから、明日十七日もまだ十五夜の続きということか。今の今まで、満月は十五日だと思いこんでいたのだけど・・・。
念のため、愛用のソフト Zed's G・Cclock & scheduler98 で確認すると、今旧四月十六日二十三時二十三分であるが月齢は十五日一時十六分だそうだ。どうやら今日十六日の二十二時過ぎから満月になったらしい。その上、月齢が刻々と動いているじゃない。今はもう十五日一時二十二分になっている。忘暮楼は月齢などと言うものは一日単位で変わるものと思っていた。
忘暮楼は今晩は満月の十六夜月(?)という不思議な光に包まれて歩いたのであった。おぼろ月だった。
やっとインターネットに接続できるようになりました。「バイオスがデフォルトになっていて、COM1が・・・」とのことでしたが、パソコンショップの社長さんのせっかくの説明も忘暮楼にはチンプンカンプンでした。ただひたすら感謝感謝。
今治精華高校の団交にでました。団交の途中、学園理事長から、「一度ききたかったこと」ということでこんな発言がありました。
・・・愛媛私教連のみなさんは、よく『私学はひとつ』ということを言っておられるが、現実は各私立学校は生徒数の確保でしのぎを削っている敵同士でしょう。この団交にでている愛媛私教連の役員は新田の先生ですから、精華の内部の問題を敵の学校の先生と交渉すると言うのは、どうもしっくりこんのですよ・・・
この発言は、精華の組合も結成1年になるんだから、もうそろそろ理事会と単組で交渉させてもらいたい、という文脈にあったのですが、私立学校の経営者の頭の中がよくわかる発言でした。
今回初めて経営トップの口から「私学はひとつ」というスローガンについての感想が出されたのですが、こんな気持ちでいると視野狭窄(narrow vision)にならざるを得ないでしょうね。
たとえば、精華はいま不登校の生徒へのケアに学校として取り組もうとしています。視野狭窄になってしまっていると、この取り組みも「敵に勝つ」ための「苦肉の策」としかとらえられないでしょう。しかし、この取り組みは、国民の教育権を保障するという言う意味で非常に重要な仕事であり、教育者としての大きなロマンでもあるわけです。こういうことができうる学校は必ず国民が支えてくれると思います。国民の願いを実現する学校であるからです。
私立学校というもののよってきたるところは国民の教育権、親の教育権です。公立高校ではかなえられない願いをかなえる場所が私立学校です。私立学校は国民が必要としている限りで存在するもので、国民が必要としない私立学校は勢いを失っていくわけです。
理事長が他校を敵と考え、配下の教員にも他校を敵視させ、あるいは他校を敵視しない同僚を「内部の敵」扱いさせ、敵に勝つために走りまわらせるというようなことになってしまっては、せっかくのロマンも単なる術数とみられてしまうかもしれません。もったいないことです。
自自公の日本国憲法への艦砲射撃が熾烈を極めています。「憲法第9条停止法」の次は「盗聴法」。公明党と言う党の果たした役割はホントに大変なものですね。忘暮楼はもうヤケを起こしそうです。でも、今日は中日が辛勝、首位をキープしましたのでガンバリマース。
「君が代」も「日の丸」も、結局は国民の心を盗み見る「盗聴歌」「盗聴旗」ですけど、今度は、直接の盗聴です。次は「信書開封法」ですかね。
「盗」という字の「次」は、「羨」と同じ意味で、1946年までは「サンズイ」だった。「皿」は「御馳走」。そこで「盗」は「皿の御馳走を欲しがる」と言う意味になるのだそうです。国歌にとって国民の本心というのは御馳走に見えるんでしょうね。
「盗も五女の門を過(よぎ)らず」。昔は、娘が5人もいると、子どもを嫁にやるまでに金がかかりすぎて家も貧しいだろうってんで、盗人も立ち寄らなかったそうです(『学研漢和大事典』藤原明保編)が、「盗聴法」の盗人には、そんな慈悲もないでしょう。
米国下院特別委員会が中国のスパイ活動に関する報告書を発表しました。「中国は1970年代以来今日まで、米国の核弾頭や中性子爆弾、大陸間弾道弾に関する先端軍事技術を盗み出し続けてきた。そしてそれらの技術を使って開発した中国初の移動式大陸間弾道弾『東風31』はアジア太平洋地域への大きな脅威となる」という内容らしい。
この手の話だからまずはどこまでが真実やら我々には分かりません。はっきりしていることは、米国が核弾頭や中性子爆弾や核弾頭を敵国に撃ち込むICBMを開発していること自体がまずもって人類に対する大犯罪だ、ということ。
軍事技術には特許権もなければ、財産権もないと思います。決闘の相手が二刀流で立ち現れても宮本武蔵は抗議できません。
他国の軍事技術を盗みだしてほくそえむほうもあさましい限りですが、盗まれて憤るほうも愚かしい限りです。しかし、人類を何度でも殺せるほどの軍事力を誇って、世界中に脅威を与えつつ君臨しようとすることこそが最大の悪行であり愚行でしょう。
核兵器は廃絶すべきである。米国下院特別報告を考える要点はここにあるのではないでしょうか。
52場所連続勝ち越しの大関武蔵丸が二場所連続優勝したということで横綱に推薦されました。入幕以来ずっと応援してきたものとして気分がいいです。
赤旗新聞に徳俵子による「鼓動」という相撲コラムがありますが、今日は「横綱を考える」。それによると、戦後、横綱の格下制度が導入されたことがあったんだそうですね。
背景説明は省略しますが、1950年の1月場所の途中3人の横綱が全員休場してしまうという事態があり、あわてた相撲協会は、横綱たちにカツをいれようと緊急理事会と開いて「2場所続けて休場あるいは負け越した場合は、横綱を返還して大関に転落させる」と決定したのだそうです。いかにもあわてて鞭を振るっている感じがしますね。(^o^)
この決定にたいする関係者の感想がおもしろい。
これも一つの方法ですねえ。現行の横綱制度は「加齢による力量低下に対するいじめ」の温床になっていますからね。この決定は新聞の反対論に押されて場所後撤回したそうですが・・・
今日国会は大変な法案を成立させましたね。
米軍が日本の周辺で作戦活動を開始したときは、その戦争がどんなものであろうと、日本は自動的に日本国憲法第9条を停止して米軍の後方支援に当たる、というとんでもない法律。
自民党が弱体化したのにかえって自民党の政策が通りやすくなっているのですが、この辺の背景を、忘暮楼なりに振り返ってみます。
かって「親米反自民非共産」を標榜していた政党は、自民党が強かったころは、「米国追従」の自民党と「自主独立」の共産党という長期プランを持つ政党を「二つの壁」とみなしに、それらに同時反発するというポーズで政治的利益を追求してきた。
ところが国民の気持ちが急速に自民党から離れ始めた。
自民党は「党単独政権の壁」を放棄せざるをえなくなり、国民の支持をかき集めるために「半自民非共産」の新しい政党を次々とタチアゲたり、それらを「反自民非共産」政党といっしょにシャッフルし、時々の「うたかた」政党にも政権党のうまみをチョットダケ味わわせることにした。すると、おー、効果テキメン。シャッフルされるたびに、「親米反自民非共産」政党は、「反自民」の衣装をドンドン脱ぎ去り、いまやずっとあこがれていた「親米半自民反共産」を衣替で闊歩し始めた。
こうして、自民党はみごとに多数派を獲得することに成功した。
と、こんなところですかね。難しいなあ。
パソコンの通信機能が不調のままでなんとかしたいのですが、どこから手をつけたものか皆目分からない。ホームページは、「公開日記」以外はほとんど手をつけていない状況です。まあ、自動車のエンジンはかかっているんだけど走ってくれない。しかたなく、自動車のラジオで相撲放送を聞いているような感じですかね。
気になっているのが未完のままになっている、「新田教組乗っ取り未遂事件」のページ。24年も昔の事件ですが、公安警察のやっていることは現在も全く変わっていないと想像しています。
公安警察のスパイ活動と言っても、一番高度なのはやはり、団体の幹部を押さえ対象団体を丸ごと骨抜きにすることだと思います。そのために相当周到な準備をしているわけです。
これはあくまでもウラの話で、当時オモテで行われていたことは全然別のやり方でした。
それは、「私学助成運動は、おそろしい共産党が操っているぞ」という宣伝でした。「私学助成運動の中心になっている新田教組と関係の深い日教組私学部の指導者は日本共産党員だ」ということを言い広めるために怪しげな新聞が大量に配布される、ということさえありました。
そして、県警本部も松浦警部補の活動は共産党にたいする調査活動で教員組合を対象とするものではない、と口裏を合わせたりもしたものです。
24年前の乗っ取り工作は、担当した松浦警部補が功を焦りすぎたためにとんだ見こみ違いをおかしてしまい、組織犯罪の証拠を一杯残してその行為をゼーンブ暴露されてしまいました。だから、今度はもっと違う方法でアクセスしてくると思います。
今後あるとすれば、私学助成運動の変質をねらう働きかけ、すなわち、@昔ながらの共産党排除の働きかけ、とともに、A愛媛私教連排除を求める働きかけではないでしょうか。この動きは、24年前のように要求そのものを押しつぶすような露骨な動きとしてではなく、要求実現のためのさまざまの善意と見えざる陰謀の手とが複合して複雑な様子を見せることになるかもしれません。しかし、結果的には、私学助成運動の骨抜き、翼賛化とならざるをえないでしょう。そして運動は県政与党がやりたがらないことは要求しないものへと変質し、私学の教職員や父母の本当の願いとはかけ離れていくことでしょう。一方、そういう変質を期待している勢力があることも間違いのないことです。
運動が始まって来年はちょうど四半世紀、このあたりで「私立高校生への授業料直接補助」反対の姿勢を貫いていた県政与党の姿勢を変えさせた力が、「国民・県民のための私学作り」のスローガンを掲げてがんばってきた私学の自主的な運動であったことをしっかりつかみなおしておきたいと思います。
ここで忘暮楼が「自主的な運動」というのは、まず「要求の決定」が自主的である、つまり、本当に大事なことは何かと自主的に考えてそれを堂々と要求してきたということ。つぎに、運動が自主的であること、つまり、教職員や父母のボランティア活動で支えられてきたこと、そして最後に、運動に必要な資金も運動そのものの中から生み出してきたこと。そんな意味です。
また、この運動は、かってどんな党派も排除しませんでしたし、また、どんな党派の選挙運動にも協力したことはありませんでした。特定の党派を支持する運動はそれぞれで個人として取り組めばいいことだと考えてきたのです。そうやって運動の団結強化を最優先し、ただひたすらに、私学の父母・教職員の要求実現のために献身してきた運動でした。
こういう運動なしには、絶対に自民党の政策転換はなかったと断言できます。
かさねて言いますが、「私立高校生への授業料補助制度」を実現した基本的な力は、まちがいなく私学教職員と父母のこの自主的な運動でした。
この3月、神奈川県にある私立平和学園という高校で3人の組合員に対して生徒減を理由とする解雇通知が出されたそうです。
この解雇は、実は、昨年4月から始まった学園の大リストラ戦略の仕上げだったようです。
というのは、学園は昨年4月に、「希望退職」を募り始め、希望退職に応じない教師たちには「退職勧奨」の追い討ちをかけ、既に10名を越える退職者をだしていたのです。
そして、どうしても退職をしようとしない3人に「人員整理解雇」と称して解雇通知をしてきたわけです。
学園が一年間にわたって強行してきた一連の首きりによって教員数が不足してきたと見えて、
などケッタイな事態が生じたといいいます。
時間講師という身分は1年契約なので、主体的に2年間にわたる計画を持つことはできません。だから、時間講師だけの教科を持っていると言うことは(じつは、私の勤務する学校にもそんな教科があるのですが)「百年の計」とさえ言われることのある教育の営みにはないことですね。
岡山の三田尻女子高校はもっとすごい。ここでは2年間の首きり攻撃で全教員の44%、34名を解雇したというのです。
ここでも
などと、経営者のやりたい放題です。
さらに、福岡県の私立柳川高校で15名の大量解雇がでています。
このような大量解雇が、組合があっても団交はしたことがないとかいった、「労使関係が良好」(?)な職場で強行されている点は注目すべきでしょう。愛媛の私学においても他人事ではないですよね。
「職場の和」を力説する経営者も、いざとなると、労働者の「良識」や「善意」などは歯牙にもかけないもののようです。
今日の『サンケイ抄』に阪神の野村監督の話がでいた。野村監督の理論というのは、次のようなものだと紹介してあった。
お前たちはいつかは必ず現役選手でなくなる。そして、残りの現役ではない時間の方がずっと長いのだ。だから、選手はまず普通の社会人としての常識や作法を身につけていなければならない。そのあとに、現役選手としての努力が求められるのだ。
その通りだ。野村監督も、忘暮楼と同じように(!)、若いからできることについて過大な評価をしてはいけない、人生は長いんだ、と言っているのだ、と我田引水しておきたい。
高校や大学の上級生が、下級生に対して先輩風をふかせてみたり、教師がそれを部員管理上の便宜から黙認したりするのは、こっけいのきわみなのだ。
今朝の新聞に昨日の地労委審問の記事が1行も出ていなかった。テレビも報道しなかったみたいだし・・・。不思議だなあ。
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松山大学の女子学生が3人職場を訪ねてきた。12月に予定されているゼミ大会でのテーマを考えているので意見を聞かせてくれ、ということだった。3人とも忘暮楼たちより一週間ほどまえにナヌムの家を訪れた人たちで、軍隊慰安婦のことを取り上げたいと言うことだった。
軍隊慰安婦の話のあと、こんなテーマならディベートしやすいんじゃない?と持ちかけたのが、例の猥歌(^o^)。女子学生たちはこういうジャンルはその存在すら知らなかったみたい。それで大いに好奇心を湧き立たせてくれたのだが、
「歌の文句はちょっと自分の口からは言えないから、忘暮楼のホームページをみてね」
とお願いした。そういうと一層聞きたそうにする。
「それじゃ、一つだけ歌ってみようか」
と歌ってあげようとしたんだけど、なんと『金縛り』に遭ったようになって歌えなかったのである。不思議だなあ・・・。
厚顔無恥の忘暮楼が歌えなくなるのですから、やっぱりこの手の歌は特別な歌なんですねえ。学生諸君が学問の俎上に載せてくれることを期待します。
今治精華高校の不当労働行為の地労委審問が始まりました。
正式の事件名は「平成11年(不)第1号 今治精華高等学校事件」である。
委員長「それでは証人尋問に入ります。御名前は?」
証人「柳瀬一秀です。」
おっと、柳瀬証人はまだ証人席に着いていませんでした。事務局のサポートで、
委員長「はい、じゃ、こちらへどうぞ」
と証人席への着座を促して、続行。やはり、本年度最初の事件でもあり、地労委委員長も緊張しておられたようです。
傍聴席も一杯です。マスコミもかなり来ていました。傍聴は結局抽選と言うことに成りましたが、学園側は5人の希望者のうち当選したのは一人だけ。あとの二十数人は全部愛媛私教連関係者ということで、たった一人当選した方は終始貧乏ゆすりをしていました。ちょっと可愛そうでしたが抽選ですから仕方ないですね。
審問のなかで、今治精華の団体交渉に学園側の交渉委員として出席している自称社会保険労務士下川氏が実は社会保険労務士ではないことが改めて公式に確認されました。重大な背信行為です。経歴詐称は教職員なら解雇もの。
主尋問 13:44〜14:59
反対尋問 15:00〜15:34
閉会 15:40
柳瀬証人(愛媛私教連委員長)の証言振りはさすがに立派なものでした。ご苦労様でした。・・・と言うわけで、禁を破って慰労の酒を酌み交わしてしまいました。(^^;;
自民党、自由党、公明党が「君が代」「日の丸」を国歌、国旗とする法律を今国会で通すそうです。
ほんの五十数年前まで、韓国では、「日の丸」の旗は、圧制と屈従のシンボルでした。中国や東南アジア諸国で「日の丸」の旗が掲げられているということは、天皇の軍隊が絶対者として君臨していることの証明でした。
日本国民は今、そんな「日の丸」を、日本の歴史上初めて、国旗として法的に認知しょうとしています。忘暮楼は日本国民の一人として、国民のこのような選択に不賛成であると表明しておきます。
昨日、カミさんが近所のスーパーでニガウリを買ってきて私に料理しろといいました。
実は、我が家の料理の中で、忘暮楼が担当することに決まっている料理がいくつかあるのです。愛媛南部の料理であるオサツマ、ヒジキ料理、そしてニガウリ料理です。これらは全部、今は寝たきりになって Slow Goodbye 中の母ジャが元気だったころ作っていた料理なのです。
そんなわけでカミさんは当然のようにニガウリの料理を私に任せたのですけど、冬の間はご無沙汰していたので料理の仕方が思い出せない。
アイヨといったままぼんやりしていますと、カミさんが「ほら、アブラでイリコを炒めて・・・」と助言してくれる。カミさんは、このアブラで炒めたイリコが好きなのでまず思い出したようです。だが、この部分は、この料理においてはあくまでも枝葉末節の部分なのです。
その枝葉末節の部分を聞いて何とかなりそうな気がしまして、まな板にニガウリを2本並べ、包丁を手に取ると、アーーーラ不思議。その瞬間に、ニガウリの料理法がスルスルスル・・・っと思い出せたのでした。
道具は四肢の延長であるだけではなく、思考の延長でもあったのでした。
そんなわけで今日のお弁当のおかずはニガウリが主役でした。
ラジオで巨人-横浜戦を聞きながら夜道をWalking。中日はデー・ゲームですでに負けています (▼▼)。
今夜は旧暦の4月2日ということで月はありません。しかし、国道筋にひしめくガソリンスタンドの照明が夜空を照らし、お蔭で田園地帯の夜道も結構明るいのです。夜食後のWalkingを日課にするものにとってはいつもながらありがたいことです。
ことに今夜は、田植えに備えて水が引かれた田んぼが多く、田んぼの水面が夜空の明かりを反射して、場所によると天よりも地のほうが明るいくらいです。
さて、こんな夜を作り出したのは、「石油の世紀」と呼ばれる20世紀の産業構造なのですが、新着の『世界の歴史 29 冷戦と経済繁栄』(中央公論社)をぱらぱらとめくっていたら『石油の世紀』(ダニエル・ヤーギン著)に盛り込まれたエピソードが紹介されていました。
@1905年に三重県鳥羽の御木本幸吉が真円真珠の養殖に成功した。というのです。
Aこの養殖真珠が、クウェートはじめペルシャ湾で採取され輸出されていた天然真珠を市場から完全に駆逐してしまった。
Bこれによって、1930年代にはクウェートの経済は荒廃してしまい、アマハド首長は新しい収入源を必要としていた。
Cこれを機に石油採鉱待望論が起き、これがクウェートの石油採鉱のきっかけになった。
通勤の車の中は最近は民謡のレッスン。北の「道南口説」から南の「鹿児島おわら節」まで6,7曲を順に歌っていきます。忘暮楼は盆踊り歌のように長めの歌が好きなもので、いつも歌っていないと歌詞を忘れてしまいます。
民謡の歌詞にはいいものがたくさんありますが、今一番気に入っているのは「安来節」の次の文句。
愛宕お山に 春風吹けば 安来千軒 花吹雪
心浮き立つ文句じゃございませんか。Y歌を好むばかりではない忘暮楼でした。
愛用のパソコンの通信関係の機能が全く働かなくなってすでに6日目になります。故障の具合がどうも大変な重症のようで、「かかりつけ医者」であるT.WADAさんの診断も「最初からフォーマットし直したほうがよさそう」と厳しい結果のなったようです。
パソコンの方は診断どおりにしていくほかないのですが、この間一番気になっているのは、ここまでなんとか書き進んできた公開日記の件。もう1週間近く更新しないままになっており心苦しいかぎりです。みなさんに事情をご説明する手段は、自分のホームページの「掲示板」への書きこみだけ。そこで、カミさんのノートパソコンからホームページをのぞき、ビジターのような顔をして当座の事情を書きこんではおいたのですが、これは読んでいただいた人はほとんどいらっしゃらないでしょうね。
さて、今朝になってやっと、パソコン通信機能が壊れていても自分のHPを更新する方法があることに気がついたのです。カミさんのパソコンでGeoCitiesに接続すればいいわけですね。現有の市民IDとパスワードを使えば上手くいくんじゃないんでしょうか。さっそく今晩やってみましょう。(この項AM11:20/May14)
(^-^) ……ということでアップしたのがこの記事です。やれやれです。書き溜めていたものも順次掲載していくことにします。
毎日の授業がどこかあわただしい感じがします。
校長は昨年「日本一の授業をしてください」と呼びかけましたが、これはさすがに反応ゼロでした。今年は、昨年度末の十数時間の議論を土台に、「落ち着いた雰囲気で授業をするために」と言う趣旨で、「チャイム」が鳴ったらすぐ授業を開始することを提案しました。『Chime to Chime』などと呼んだりもします。
これは結構良かったと思います。忘暮楼もこのごろはチャイムが鳴るより先に教室に入ることもあるくらいで、マア、ヤミツキになっていともいえましょうか。
ところがです。忘暮楼は、実際にはちっとも「落ち着いた雰囲気」になれないのです。なんかふわふわしているのです。心も、からだも。
入学してくる生徒たちの生態もうんと変わってきましたし、学力もそうとう低下していますので、そんなことも、この「ふわふわ」に影響しているのかもしれないと考えていたのですが、1学期の半分ほど働いてみて、このせいじゃないかな、と思い当たることが出てきました。
それは担当授業時数です。忘暮楼の場合、一日に4クラスの授業をしなければならない日が週に3日あります。残りは2クラスの日が2日(そのうち一日は土曜日)と3クラスの日が一日です。
土曜日を普通の授業日にしたママで隔週週五日制に移行したので、月曜日と水曜日の6時限を休業日に当たった土曜日の授業の清算日に使ったためこんなことになったわけです。
試みに、私の勤務校全体の状況をしらべてみましたところ、約150人の教員のうちほぼ50人、つまり三分の一の教員が、一日4時間の授業を週2日以上させられています。この教員たちと隔週で2日以上させられている教員を合計すると90%以上に達するのではないかと思われます。
18時間の担当授業数(これがそもそも多すぎます)を週6日で割れば一日3時間ですから、隔週五日制移行以前は、大体一日3時間授業で、たまに自習監督が当たると4時間となってため息をつくと言うのが実情でした。それが今では週2日は確実にため息をつき、その余波はほかの日のため息をも生んでいるのです。
これでは「チャイムからチャイムまで手を抜く」毎日となるのは目に見えています。
忘暮楼は職場で使っているパソコンのスクリーンセーバに
こうしてチョー久しぶりにパソコンのない生活に戻った。パソコンから離れた忘暮楼はなんだかぼんやりしている。
しかし、パソコンが動かないとなると妙に本が読める。ということは・・・うーーん。そうとうのComputerholicに陥っていたのかもしれないなあ。
それでも懲りずに、例のごとく和田宰師匠に泣きついて、今日やっと「通信」以外は原状を回復した。
公開日記が今日でもう4日間アップできていない。目を通してもらっている人たちには本当に申し訳ない。今日から再開の日に備えて書き溜めておこう。
当たり前に使っていた言葉が、実は「問題語」であった、ということがよくあります。
たとえば「アマチュアリズム」を忘暮楼はずっと肯定的な言葉として使っていました。100メートルのカール・ルイスの「アマチュアリズムは貴族主義だ。貧乏なスポーツマンを追放する思想だ。私は企業の支援なしでは必要なトレーニングに専念できない。」という批判に接して初めてその問題点を知ったのでした。忘暮楼がスポーツ思想に興味を持ち始めたのもこの批判からでした。
「健全な精神は健全な身体に宿る」などもそうです。なんというむごい言葉でしょう。
いま『進歩の発明--ヴィクトリア時代の歴史意識』(ピーター・ボウラー著)を亀読み(? 精読ではなくただ遅いだけ)していますが、そのなかで「生ける化石」という言葉が出てきました。
シーラカンスを「生ける化石」と呼ぶ場合、シーラカンスは「進化」を停止しているという認識があるわけで、他の種に進化「出来ない」くらいならとっくに滅びていて当然、といった雰囲気です。
これが大英帝国時代の「発展論」という考え方だそうで、動植物にしろ人間にしろ、自分たちの世界に属する現存種を理想と考え、過去の種はすべて現在への準備段階と考えます。また、自分たちの世界につながる種を「発展の主系列」と考え、それ以外の系列のものは「生ける化石」ということになります。
大英帝国時代人=ヴィクトリア時代人は、チュートン人の子孫であり、かつ、神の恩寵を受けて発展してきた自分たちこそが人類の発展の極にあると考えたのだそうで、アフリカやアジアの異教の「未開」人を異教であるがために発展を停止した「生ける化石」と考えたのでした。
だからこそ植民地拡大によるキリスト教の布教を、人類を救う慈善的な事業と思いこんで推し進めて来たのでした。「生ける化石」を「発展の主系列」に乗せてやろうという温情です。
大日本帝国による朝鮮支配も”陋習に埋没し、停滞しきっている朝鮮経済”を優秀な日本民族が近代化してやろうとしたのだ、と説明する人もいるようです。これも「生ける化石」思想です。
さて、シーラカンスは、人間たちの絶滅宣言などどこ吹く風、賞金稼ぎたちの手で次々と発見されるまでの7000万年を悠々と自分たちの桃源郷で生きつづけてきました。ちょうど人間たちが、今の人間の姿を1000年先も万年先も変えたくないのと同じ理由で、シーラカンスは昔の姿を保っています。