「日韓共同−高校生意識調査」について
| ハングル同好会は1989(昭和64)年に作られた。以後10年近く細々とではあるが活動を続けている。この報告は、ハングル同好会が昨年の本校学園祭(新生祭)で展示発表した「日韓共同ー高校生意識調査結果」の再掲である。本稿では、学園祭ですでに発表した生徒たちの分析を【本校ハングル同好会の分析】として示し、いくつかの項目については新たに【筆者の感想】を加えてみた。 |
なお調査対象者総計1057名で内訳次のとおり
| 韓国富川高校 | 松山市 新田高校・東雲高校 | |
| 女子生徒 | 100名 | 380人 |
| 男子生徒 | 400名 | 177名 |
| 合計 | 500名 | 557名 |
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 七千円以上 | 7% | 32.6% |
| 七千円未満六千円以上 | 33.3% | 7.4% |
| 六千円未満五千円以上 | 21.9% | 35.5% |
| 五千円未満三千円以上 | 19.5% | 13.9% |
| 三千円未満 | 18.9% | 10.6% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 全体としては日本の高校生のほうがお小遣いが多いようだ。特に七千円以上を比較すると、韓国の7%に対して、日本は32.6%を占めている。 |
【筆者の感想】
| 全体としては日本の高校生のほうがお小遣いが多いようだ。特に七千円以上を比較すると、 韓国の7%に対して、日本は32.6%を占めている。 |
| 「富川高校日本研究班」の質問はやはり当面最大の関心事「お小遣い」から始まった。お小遣い」を韓国語で「ヨントン」と言うそうである。「ヨン」は「用」の韓国式発音、「トン」はお金の意。「用いていいお金」くらいの意味だろう。 こういうお金に関する国際的比較は、為替や物価水準との関係があるので結構難しいものである。上に挙げた数値は調査時点の交換率1000円=7000ウオンで計算してある。 グラフを見てまず気がつくことは、韓国の方が「ひとこぶ-6千円台-ラクダ」になっているのに対し、日本のほうは「ふたこぶ-5千円台と7千円超-ラクダ」になっていることである。この違いは、所得の階層分化の状況とか、社会的常識(規範)の単一性あるいは多様性の問題と関係しているのではないかと想像している。 もうひとつ見て取れることは、生徒の指摘どおり、日本の高校生の3分の1近くが最高額グループに入っているのにたいして韓国の高校生の場合のそれはごくわずかであることである。 こう言うと日本の高校生のほうが豊かそうだが、実際の購買力の差を知るには物価水準との関係を押さえておかなければならない。ここでは両国の高校生が共通して親しんでいるCDに対する購買力で比べてみる。 CD1枚の価格を、韓国は10000ウオン、日本は3000円として計算すると次のような結果になる。「5枚以上」というのは、一月のお小遣いで「5枚以上」のCDが買えるという意味である。 |
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 |
| 5枚弱以上 | 7.0% | 2枚強以上 | 32.6% |
| 4枚強以上5枚弱未満 | 33.3% | 2枚以上2枚強未満 | 7.4% |
| 3枚強以上4枚強未満 | 21.3% | 一枚強以上2枚強未満 | 35.5% |
| 2枚強以上3枚強未満 | 19.5% | 1枚以上1枚強未満 | 13.9% |
| 2枚未満 | 18.9% | 1枚未満 | 10.6% |
| こうしてみると、日本の生徒の購買力はさして高くないことになる。ほかの商品で比較して見ても恐らく同じような傾向になるのではないか。むしろ韓国の高校生の方がリッチだと言ったほうが、実際に近いかもしれない。
余談になるが、この数年、日本の若い人々の顔立ちがずいぶんよくなってきているような気がする。若いスポーツ選手などを見るとその感が強い。一方、韓国の若者たちもぐんぐん男前を上げている。髪型も日本流が流行だそうで両国の若者たちの国籍の判別がいよいよ難しくなっている。顔立ちをかえる最大の要素は、遺伝ではなく食い物だそうだから、両国の子供たちはそれぞれに過保護的な雰囲気の中で柔らかい料理を与えられつつ育っているのであろう。 |
はじめにもどる 【結果】
| 韓国 | 日本 | |
| スポーツ | 28.5% | 8.9% |
| 美術 | 1.4% | 1.6% |
| 音楽 | 34.0% | 37.5% |
| 漫画 | 8.8% | 14.7% |
| ファミコンゲーム | 質問項目になし | 12.0% |
| その他 | 27.3% | 25.2% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 両国とも音楽に関する分野では、非常に関心が高いことが伺われる。そのほかの分野においては、日本=室内派 VS 韓国=野外派 と言ったところが対照的か。 |
【筆者の感想】
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これはちょっと設問が堅すぎたようである。テレビゲームや友人や家族との交流なども入れるとよかったと思う。 しかしながら、生徒の指摘どおり「スポーツ」については顕著な差が現れた。韓国のマーケット(シージャン)に行って気づくことのひとつは「登山関係」の商品がたくさん並べられていることであろう。実際、夏場渓流を訪れると、あちこちの沢に色とりどりのテントがところ狭しと張りめぐらされている。ちょっとした休みを利用して家族や友人で山や渓流へ出かけるのがごく普通などである。そう言う文化的背景が韓国の高校生たちの野外志向を支えているものと思われる。 |
はじめにもどる
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 関心がない | 4.5% | 47.9% |
| 面白くない | 32.1% | 10.4% |
| 物足りない | 30.1% | 8.7% |
| まあまあだ | 19.7% | 23.0% |
| うれしい | 13.6% | 10.0% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 日本の高校生は2002サッカー・ワールドカップに「関心なし」が半数近くだ。関心の高い韓国の高校生は6割以上が「物足りない」「面白くない」と言っている。“ワールドカップ”は大丈夫か?! |
【筆者の感想】
| 韓国の、「面白くない」や「物足りない」が合わせて62.2%という数字には多さには驚かされるが、これには、ワールドカップが韓国単独開催にならなかったことも影響しているのであろう。 しかし、「たかが野球、されど野球」と言う言葉がある。サッカーもまた「たかがサッカー」には違いない。そうすれば、この程度の関心でいいというのではないか。日本の「関心なし」の突出振りも「たかがサッカー」と割り切れば十分理解できるのである。若者にはサッカーのほかにも面白いことはたくさんある。 国威高揚のためのイベントに付和雷同する時代ではなくなっているということか。 付言すれば、筆者はオリンピックやワールドカップのような、国の名誉を競うスポーツ大会は止めたほうがいいと思っている。参加者個人を単位とする世界大会に転換すべきだと考える。 1986(昭和61)年に制定された日本体育協会スポーツ憲章はスポーツの本質と効果そして目的を次のように規定している。 「スポーツは、人々が楽しみ、よりよく生きるために、自ら行う自由な身体活動である。さわやかな環境の中で行われるスポーツは、豊かな生活と文化の向上に役だつものとなろう。スポーツをする人は、美しいスポーツマンシップが生まれることを求め、健康な身体をはぐくむことを目的とする。」 ここから外国に勝つことを至上目的とする現在のオリンピックの姿を引き出すことはできない。(学校スポーツはアマチュアスポーツの最たるものであるから、この憲章は体育系部活動の原点とも理想ともなるべきものである。) 確かに筆者は、長野オリンピックやパラリンピックをテレビ観戦して何回か感動の涙を流してしまった。しかし、それは日本が勝ったから、あるいは韓国が勝ったからではない。 世界中の仲間が集まる大会に出場する機会を得た選手たちが、どこそこの国民としての自分ではなく、宇宙に一人しかいない自分を、スポーツと言う形式で表現しきった時に感動するのである。パラリンピックの場合は特にそれを痛感させられた。1位もすばらしい、びりもすばらしい。かわいそうだからではない、自己表現の手段としてスポーツを生かしきっているからである。 プロ・サッカーの中田英寿選手は、試合前の「君が代」を絶対に歌わないと言う。「あの歌を歌うと気分が落ち込む。試合前に歌う歌ではない」と言いきるのである。筆者は、この国家主義にとらわれないプラグマティックな発想に、新しい形式の世界大会誕生の兆しを見ている。 |
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| わからない | 23.3% | 68.0% |
| 客観的だと思わない | 47.7% | 20.7% |
| 客観的だと思う | 29.0% | 11.3% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 両国の高校生の判断力の差が伺われる。日本の高校生の7割近くが「わからない」と答えている。日本の高校生は、歴史をただの勉強として受け止めている。それに対し、韓国の高校生はその歴史の内容に対して、みずからの意見をしっかり持っている。受験のために歴史を学ぶ日本と、歴史を学びそれについての自分の考えを持つ韓国」、今の日本の教育体制に難ありか? |
【筆者の感想】
| 生徒の分析は大事なところを押さえていると思う。韓国高校生の「(歴史教科書の内容が)客観的だと思わない」=47.7%と言う回答は驚異的だ。韓国の教科書は国定教科書であるから、「国史」(と呼ばれている)の叙述内容には、当然為政者たちの歴史認識が強く反映されていると推察される。 韓国側の共同者である高1(当時)の閔卿旭(ミンギョンウク)君は「我々はこのように反日教育を受けた」という立派な論文を書いているが、このなかで自分が「教科書の中」「家庭の中」「社会の中」で知らぬ間に反日教育を受けてきたことを回顧している。 そして「日本に関して初めて教科書で言及されるのは小学校4年生1学期の道徳の教科書」であると指摘し、そこには秀吉の侵略の時期に活躍したある義兵の大将が紹介され、
「我々の祖先は外敵の侵略に遭遇するたびに心を一つにし意志を一つにして国を守ってきました。これは今から今から400年前のことですが、決して昔のことと過ごすことのできないことなのです。」 と書かれてある、と報告している。 (富川高校日本研究班第1期活動報告1996.3所載の先述論文)
韓国の子供たちの日本理解は、家庭においても同様であるようだが、学校においても侵略国日本への警戒心を呼びかける文章から始まっているのである。 にもかかわらず、である。にもかかわらず、今回の調査結果は韓国の高校生のほぼ50%が、学校で使っている国史の教科書の記述について客観的とは言えない」「と明確に判断しているのである。 韓国と日本の教育当局はこの結果をどう見るであろうか。日本の当局は案外、長年にわたるの日本の教育行政の成果として評価するのかも知れない。 |
質問5 就職先を決める時、最も大事なことはなんですか?
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| お金 | 22.2% | 28.9% |
| 名誉 | 16.2% | 7.0% |
| 権力 | 7.6% | 3.2% |
| 安定性 | 43.3% | 41.7% |
| その他 | 10.2% | 19.2% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 両国とも、お金、安定性に関してはそれほどの差はない。目立ったのは韓国の「名誉、社会的評価」への執着の高さがうかがえる点であろうか。 さて、韓国の高校生の作ったアンケートの項目には、日本の高校生に多い「好きなことをやる」と言う質問がなかった。このあたりにも両国の違いがうかがえる。 |
【筆者の感想】
| 以前、韓国の若者たちの将来目標は、会社の社長か大学の教授になることだ、と聞いたことがある。この調査結果を見る限りこの傾向は今も脈々と続いているようだ。 |
【結果】
| 日本の高校生 | 韓国の高校生 | |
| 必ず守る | 54.1% | 12.7% |
| 守らなくてもよい | 27.1% | 41.3% |
| わからない | 18.8% | 46.0% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 韓国の高校生は、日本と比べてある種の道徳感が確立されているようだ。両国とも男女の間での意識の違いはほとんどなかった。日本の生徒からは質問表にこたえる時「結婚前の純潔って何ですか。」という質問が何人かから出されて、質問表を配った先生が困っていた。要するに婚前の性関係の問題である。 |
【筆者の感想】
| 「結婚前の純潔」という用語がでてきたのには驚いた。 日本の教育界でこの用語が確固とした市民権を得たのは、戦前ではなく、昭和22年にだされた文部省社会教育局長名の通達「純潔教育の実施について」からだそうである。韓国の教育界の事情には疎いが、高校生が使用するくらいだから結構ポピュラーな用語なのかもしれない。 これに関しては、筆者が、1992年に本校3年生を対象に実施した調査がある。それを紹介しておこう。
★各コース1クラス。数値は原資料を失ったためグラフより読み取った。
最後の性交経験の数値を見ると、今回の質問調査の結果に表れた日本の高校生の「純潔意識」の数値はかなり正確に現状を反映しているように見える。日本の高校生の「わからない」の多さが目に付く。 |
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 両親が死ぬまで一緒い住むつもりだ | 84.4% | 20.9% |
| いい老人福祉施設に任せたい | 2.1% | 9.4% |
| 両親が自分で解決すべきことだ | 4.7% | 14.6% |
| わからない | 8.8% | 55.2% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 韓国の高校生は、日本の高校生に比べて親孝行の気持ちが強いのかもしれない。一方、日本の高校生の将来の見通しの弱さが伺えるようだ。 |
【筆者の感想】
| これだけの歴然たる差を生み出すものとは一体何なのだろう。社会規範と言うもののもつパワーなのであろうか。 とりあえずここでは両国の青年の意識の中にある人生展望のスパンの違いを考えてみたい。 日本の青年は高卒のあと、たとえば大学に進学すると、4年間(+α)のまったく自由な時間が待っている。人生の問題はしいて今考える必要はない。「わからない」が55%いたとしても、その青年たちが親を捨てるわけではあるまい。9.4%という数字に見られる「親を老人施設に任せることへの躊躇」がそれを物語っていると思う。結局は彼らは、時期がくれば、何らかの形で親の老後を見ることになるのではなかろうか。 ところが韓国の高校生の場合は、進路のいかんにかかわらず、卒業後数年間の間に「徴兵」という避けられないハードルが待ち受けている。およそ2年半の戦闘ロボットに近い生活、そのほとんどは野外生活である。ある大学教官は、「この期間のおかげで覚えていた英単語のほとんどを忘れてしまっていた、退役後はまたゼロから再出発でしたよ」、と語っていた。 この条件のもとで、韓国の高校生は、すでに高校時代に、いつ兵役につくか(いくつかの選択肢があるらしい)、兵役を終えた後の生活をどうするか(国が保証してくれるわけではない)、結婚をいつするか、などなどと真剣に考えこまざるを得ないのである。このシステムが、血族主義にもとづく強固な家族主義と複合して、韓国の高校生にある程度長いスパンの人生展望を抱かしめるのであろう。 ところで、日本の高校生の「両親の老後は両親が自分で解決すべきだ」(14.6%)には、自分 たちの老後に対する漠然とした展望が反映されていると考えたい。そう考えてみると頼もしくもある。 筆者も自分の老後は自分で何とかしてみたいと思っている。
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質問8 身近に韓国名をなのるを韓国人日本名をなのる日本人)がいたらどう接するか? |
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | ||
| 普通に付き合う | 54.4% | 63.9% | |
| 自分から積極的には付き合おうと思わない | 16.0% | 13.4% | |
| 怖くて近づきたくない | 2.7% | 5.2% | |
| 関心がない | 27.0% | 17.6% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 日本の高校生、韓国の高校生、ともに「普通に付き合う」という意見が多かった。 これはすばらしいことだ。ただ、少し気になるのは、「関心がなと言うい項目では、韓 国のほうが日本より10ポイントも上回っていたことだ。これが、「無視」を意味するな らば、何とかしなければならないだろう。 |
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 1冊も読まない | 15.0% | 35.9% |
| 1,2冊読む | 51.3% | 43.2% |
| 3〜5冊読む | 17.2% | 11.2% |
| 5〜10冊読む | 8.2% | 4.1% |
| 11冊以上読む | 8.2% | 5.4% |
【本校ハングル同好会の分析】
| われわれ日本の高校生の「一月に1冊も本を読まない」と言う答えが三分の一以上である ことに驚いた。活字離れ、本離れが進行しているようだ。 |
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 授業以外では勉強しない | 7.6% | 30.3% |
| 30分程度 | 12.3% | 21.9% |
| 1時間以上2時間未満 | 33.3% | 24.5% |
| 2時間以上四時間未満 | 29.2% | 19.0% |
| 四時間以上 | 17.5% | 4.3% |
【本校ハングル同好会の分析】
“負けた!”と一言、言っておこう。韓国の高校は勉強するところらしい。
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 関心がある | 62.9% | 18.4% |
| 関心がない | 14.8% | 41.2% |
| どちらともいえない | 22.3% | 40.4% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 韓国の高校生の日本への関心の高さに驚かされる。それと同時に、日本の高校生の無関心 ぶりが目につく。この表には出ていないが、日本人の関心は、韓国より北朝鮮(朝鮮民主主義 人民共和国)に対してやや高かった。北朝鮮の食糧難が連日報道されているからであろう。 |
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 好きなほうだ | 7.7% | 11.6% |
| 嫌いなほうだ | 45.2% | 18.7% |
| どちらでもない | 47.1% | 69.7% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 日本の高校生は、韓国を外国として客観的に見ている。それに対して韓国の高校生は どちらかと言うと、日本を感情的に見ているようである。 |
質問13 今、日本では、いわゆる「従軍慰安婦」問題を学校での教科書で取り上げるべきではないと主張する人たちがいます。あなたはどう考えますか?
【結果】
| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 教科書に載せるべきではない | 3.8% | 12.4% |
| 教科書に載せるべきだ | 87.0% | 37.2% |
| どちらともいえない | 9.2% | 50.4% |
【本校ハングル同好会の分析】
| 韓国の高校生の主張は、ここでもはっきりしている。そして日本の高校生のほうは例 のごとくの優柔不断ぶりである。ただし、日本の高校生には、戦時中のことを学ばないま まで卒業していくものが多いことを見逃してはならない。日本の教育は国際的視野を持っ た高校生の育成にもっと力を注がなければならない。 |
【筆者の感想】
| これまで見てきたように、質問4「婚前の純潔」や質問6「両親の老後の世話」、そし
てこの質問13「従軍慰安婦の教材化」のように、自分の意識の確認ではなく、はっきりした
意見の提示を求められた場合、両国の高校生の反応に画然とした相違が現れる。 韓国の高校生は、どの程度考えぬいているのかはわからないが、ともかくほとんどの生 徒は自分の意見をはっきり表明する。この3問の韓国側の「わからない」はそれぞれ 18.8%、8.8%、9.2%であった。ところが日本の(本校の、というべきか)高校生 のそれは、46・0%、55.2%、50.4%ととんでもない数字に跳ね上がるのである。こ の差は質問7「親の老後の世話」におけるあの大きな隔たりに匹敵するほどのものである。 確かに韓国の人々は自己をはっきりと主張する。日本人は、控えめである。実際、本校の 教員の中にも、就職以来、職員会で1回も自分の意見を開陳されたことのないかたが結構おら れるのではなかろうか(筆者などはしゃべり過ぎを反省することしきりであるが・・・・)。 これはひとつの文化の違いなのであろう。しかし、自分の意見がもてないものは、当然「論文 」が書けない。「論文」というのは、他人を説得して「自分の意見」に同調せしめんとすると ころにその表現の本質があるからである。上級学校へ進学しようとするなら、この差を文化の 違いだとすずしい顔で済ませるわけにはいくまい。「自分の意見をもつ生徒の育成」というこ とは、本校の教育目標のひとつに掲げて追求されるべき課題なのであろう。 |
質問14 戦時中、「従軍慰安婦」として戦場を連れまわされた韓国人のおばあさんが、日本の政府に謝罪を求めています。日本政府はどうすべきだと思いますか?【結果】
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| 韓国の高校生 | 日本の高校生 | |
| 日本政府は謝罪して補償すべきだ | 86.7% | 49.7% |
| 日本政府は謝罪や補償をする必要はないと思う | 9.2% | 16.4% |
| どちらともいえない | 4.2% | 33.8% |
【本校ハングル同好会の分析】
| まず分析の前提として、日本の高校生は「従軍慰安婦」についてほとんど勉強していな
い点を指摘しておきたい。その割には日本の高校生の意見ははっきりしていると言えそうだ。 これはなかなか頼もしいことだ。それにしても、韓国の高校生の間では、「日本が謝罪すべ き」ということが常識になっているようだ。 |
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新田高校ハングル同好会が日韓両国の高校生の意識動向に関する質問調査を実施するのは、
今回で2回目である。 第1回調査は1990年、新田高校、松山東雲高校および韓国プサン市の韓独女子高校の 女子生徒だけを対象にした調査であった。本校ハングル同好会は調査結果を本校文化祭で展示 発表した。 今回の第2回調査は、1996年5月12日付け朝日新聞掲載の一本の記事がきっかけとなって実現した。 韓国の首都ソウルの隣に富川市という都市がある。韓国の空の玄関「金浦空港」のある街といえばわかりやすいだろう。その富川市にある市立富川高校に「富川高校日本研究班」という生徒の自主サークルが作られ、活発に活動しているらしく、その活動振りを朝日新聞が報道したのである。 当時、本校ハングル同好会は、1997年の学園祭で7年ぶりの日韓意識調査を実施する企画を持っていて、韓国での相手校を探していたところであった。 筆者はさっそく先の記事の中で「日本研究クラブ」の中心メンバーとして紹介されていた1年生の閔卿旭(ミンギョンウク)君に手紙を書き「共同意識調査」での提携を申し入れた。しばらくして閔卿旭君から返事がきた。「OK!ぜひやりましょう」と言うことであった。 前回の日韓意識調査では、日本(本校ハングル同好会)側で質問項目を準備したが、今回は「富川高校日本研究班」で質問項目を作ってもらうことにした。 質問項目設定の依頼からほぼ一年近くたった1997年4月、閔卿旭(ミンギョンウク)君から、韓国語と日本語で書かれたカラープリントの質問表と、富川高校での調査結果が送られてきた。 本校ハングル同好会は、質問項目の日本語を若干修正して、1997年6月本校での調査を実施した。東雲高校にも調査に協力してもらった。 こうして日韓両国の調査が完了し、本校ハングル同好会前田直伯君(3年生)を中心に調査データの分析が進められた。指導教員の筆者と生徒たちの共同の分析作業であったが生徒たちの分析能力はなかなかのものであった。調査結果は同6月の新田高校学園祭で展示発表された。 最近の学園文化祭はバザーや飲食の出店がメインになっているようで、地味な展示ものには足を運んでもらいにくいのだが、入場してもらった人からはにはまずまずの評価をいただいたようだ。
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| 現在、本校では、米国サクラメント高校や中国の大連実験中学との交流が積極的にすすめてられている。関係教員・職員の多大のご尽力とあいまって、今後一層盛んな交流が積み重ねられていくことと思う。 ただ、せっかくの「国境を越えた交流」が個人的な往来に終わりがちなきらいはないであろうか。 それぞれの学校には、必ずそれぞれに優れた教育実践があると思うが、本校がそれらの実践の理念や方法を学びとり、自家薬籠中のものとすることができれば交流活動のこの上ない果実となるのではなかろうか。もちろん、文化的あるいは政治的(教育は優れて政治的な営みだ)背景の違いがあるということは配慮されるべきだが、漏れ聞いているサクラメント高校の人間尊重を基盤とする生活指導などにはすでに大いに学ぶところがありそうだ。 膨大な時間と労力、そして相当の経費を費やして進められている本校の多国間交流の事業が、本校の学校行事・教科指導・生活指導などの活性化の推進力のひとつとなっていくとすれば、より意義深い交流活動になると思う。 さて、「国境を越えた交流」は、どんなに文化的な違いがあっても、人間としての相互交感・相互理解は必ず可能なはずだ、という前提で進められている。実際それは可能である。 しかし、そこに当然存在する深刻な相違点を認識する作業がまた不可欠であることは言うまでもない。共通点を確かめ相違点を理解する作業が、自国の立場、自国民の感情を相対的にとらえる能力を身につけさせる。 そこで提案だが、本校の生徒たちの事業として、日本・中国・米国・韓国くらいの規模で、高校生の意識に関する定期的(たとえば5年ごととか)な共同調査を実施できないだろうか。 若者の意識に関する「国境を越えた定点観測」とでも言えばよいだろうか。それは、教育学あるいは社会学の基本的なデータとして、全国的意義を持ちうるものになると思う。 今回ここで報告した本校ハングル同好会と韓国富川高校日本研究班との共同調査結果は、質問項目の立て方など改善しなければばならない点が多いが、両国の高校生の意識の共通点や相違点がそれなりによく現れている。今後の共同調査活動のイメージ作りのためのサンプルとしていただければありがたい。 (1998年3月31日) 戻る
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