東京駅の北側にある楠正成の騎馬銅像は住友財閥が君恩に感謝して造営したものです。 1897(明治30)年に作ったものです。日清戦争で稼がせてもらったということですかね。 しかし、この銅像が作られて約50年後、大日本帝国が、楠正成の 「今度ハ君ノ戦必破ルベシ。正成和泉河内両国ノ守護トシテ勅命ヲ蒙(こうむ)ル間、軍勢ヲ催スニ、親類一族猶以(なおもつて)難渋ノ色アリ、何ニ況(いわん)ヤ、国ノ人民ニヲイテヲヤ、是則(これすなわち)、天下君ヲソムケ奉ル証拠ナリ」(梅松論)(湊川の戦いへ向かう途中、朝廷へ上奏した最後のことば) という「予言」のように崩壊したのは皮肉なことでした。
|
楠正成騎馬銅像の台座の銘文
|